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浮田要三さんの芸術

浮田要三さんが逝った。
88才だった。
関西では伝説的な美術家であり、編集者で教育者でもあった。

1947年、阪神間で井上靖、竹中侑が主宰する児童詩誌「きりん」の発行に携わり、1955年からは前衛芸術家集団・具体美術協会のメンバーとして自身も作品発表を行う。1964年に「具体」を退会し、以後約20年の沈黙を経て制作を再開。晩年は骨太で旺盛な創作活動を展開した。

私が浮田さんの芸術に触れるようになったのはドイツから伊賀に帰国して、「村民芸術」を形成しはじめた頃だった。それまでの「個」の仕事から「小さな集合体」「ゆるやかな社会性」へと向かう上で「具体」や「九州派」といった日本の戦後前衛芸術集団が内包していた「社会との闘争」「自由の会得」に何か共通する匂いを感じていた。

「きりん」で児童の造形や感性の編集作業をつづけ、できた本を関西の各学校に売り歩いていたという浮田さんは教育や社会性を持った「具体」の中でも異色の存在だったはずだ。現在も大阪のアトリエで絵画教室を開催していることを知った。      

今年になってに詩人の京谷裕彰さんにお会いしたときに浮田さんのアトリエに遊びに行かないか、と声をかけていただいた。

4月16日、アトリエ浮田の浜田百合子さんのご案内でアトリエを訪問する。大阪の下町、「具体」退会後の浮田さんが経営されていた袋工場を改装したアトリエには所狭しと浮田作品や歴代の生徒さんたちの作品が置かれている。アトリエそのものが作品なのだ。壁に飛んだ絵具の粒や床に敷かれた埃塗れの布切れが生きた歴史だった。

浮田さんが近所の寿司屋でお昼をごちそうしてくれた。体調はかなり悪いらしい。この日は今後のアトリエの運営のことで久しぶりに顔を出されたそうだ。短い時間だったが、作品の解説をしてくれたり、芸術についてお話してくれた。


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作品について話してくれる浮田要三さんと私(撮影:京谷裕彰氏)



その直後に大阪で開催された浮田さんの個展には、自分の展覧会と時期的に重なってしまいお伺いできず、8月にアトリエで展覧会を開催するという案内を浜田さんから頂き、お会いするのを楽しみにしていたのだが、7月21日に訃報を聞く。


8月3日(土)
アトリエ浮田に久しぶりの訪問。
オープンスタジオがはじまっていた。
残された浮田さんの作品と彼の心を引き継ぐ生徒さんたちの作品、そしてこのアトリエ。
浮田要三の芸術は生きている。


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「アトリエUKITAオープン・ギャラリー」
2013.8.3~8.5
大阪市東成区大今里南2丁目5-6
時間:11:00~18:00
http://www.kawachi.zaq.ne.jp/dpnhc100/Atlier_UKITA/Welcome.html
(尚、作品やグッズの売り上げはアトリエの存続・運営資金に充てられるそうです)
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by yasutakeiwana | 2013-08-04 11:49