<   2011年 06月 ( 10 )   > この月の画像一覧

紅い夜のアトリエ

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by yasutakeiwana | 2011-06-30 02:51

山と魚

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by yasutakeiwana | 2011-06-28 03:42

ある自画像

ケルンのとある美術館で見つけた1枚の絵。
オランダの画家レンブラント・ファン・レイン(1606-1669)の最晩年の自画像。
暗闇から浮かび上がる老人の肉の塊のような微笑み。僕は独学で制作をはじめた中学生の頃にこの絵を模写したことがある。レンブラントは職人的な肖像画家として若くして大きな富と名声を手にするが、子供や妻の相次ぐ死によって人生は暗転していく。晩年には肖像画の注文はほぼなくなり無一文のような状態がつづいたそうだ。それでも彼の絵画への探求心は消えることがなく多くの自画像を残した。晩年の作品は客の注文によって制作されてきた肖像画にはない光と闇のドラマ性と油彩の物質性によって他を寄せ付けない重厚な絵画作品になっている。この絵の微笑みは老いて貧しいレンブラントの画家としての魂の勝利の微笑みのように見える。


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『ゼウクシスとしての自画像』1665-1669 ヴァルラフ・リヒャッツ美術館蔵
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by yasutakeiwana | 2011-06-26 19:49

陶芸の旅(エッセン、ベルギー)

先日日本から来られた陶芸家の方は世界中の陶芸家の工房を訪ねてインタヴューをされてるらしい。今回はエッセンとベルギーの陶芸家を訪ねられるそうで僕も便乗させてもらった。
エッセンのツォルフェアライン炭坑跡に緑に囲まれた小さな工房を構えてられる韓国人陶芸家のリーさん。話を聞いていると陶芸というジャンルへのこだわりが凄まじい。工芸と芸術の間にある陶芸という問題。これは現代アートというジャンルの中の絵画の問題にも似ている。「自分の仕事をいつも考え続けなければいけない」という彼女の言葉からは富や名誉に媚びず表現の道をひとり突き進む芸術家の良心を垣間見たような気がした。
次に訪ねたのはベルギーのゲンクという街に工場のような大きな工房を持つピートさん。彼は芸術家というよりデザイナーという感じの陶芸家。工房にはギャラリースペースもあって自身のデザインした器などが展示されている。二階のスペースでは自身の作品の他に地元の美術学生の絵画作品の展示もしていた。インタヴューの後はピートさんの器でベルギーのお酒をいただいて、帰りに彼がベンチをデザインした近くの教会に寄った。
その日僕は2人の全く対極のタイプの陶芸家に出会ったわけだけど、きっと優れた芸術家に定義などあるはずもなく答えは自分自身の進む道にあるんだろうな、と小雨の降るベルギーからドイツに帰って行く車の中でふと思った。


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写真はリーさんの工房。
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by yasutakeiwana | 2011-06-25 00:56

バーゼル

2011.6.18
朝一の飛行機でスイスのバーゼルへ。
世界最大級のアートフェア「ART BASEL」を見に行く。会場までの行き方がわからずに道を歩いていたら通りかかりのアーティストのおじさんが車で送ってくれた。スイス人はほんと親切。サテライト企画のアートフェア「VOLTA」で東京から出展されている画廊のオーナーご夫婦とお話させていただく。昼からはメイン会場へ。1階は近代絵画を扱う画廊が中心、近代名画がゴロゴロ。2階は世界的な現代アートのギャラリーがたくさん出展していた。イタリアのフランチェスカとヘレーナ、ロンドンのこーきくんと新宅さんにばったり再会。急ぎ足ですべてのブースを見て回ったらクタクタになった。
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2011.6.19
昼前に関連フェアの「SCOPE BASEL」の会場に。京都から出展されているeN artsのロウさんと1年ぶりに再会。アートフェアのこと、関西のアートのこと、いろいろとお話できた。その後川辺で昼ご飯。ハート型の赤い風船がどこからか流れてきてそれを持って帰った家族がいた。
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by yasutakeiwana | 2011-06-23 03:10

名のない夜

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名のない花 名のない砂
名のない虫 名のない鶏
名のない魚 名のない実
名のない木 名のない畑
名のない家 名のない墓
名のない道 名のない夜
名のない村 名のない人
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by yasutakeiwana | 2011-06-10 00:13

日本のシャガール

2011.06.06
アカデミーの合評会。
新作の油彩とドローイングをアンツィンガーに見せる。
拙い言葉で絵や村の話をしたら「君は日本のシャガールだな」と言われた。以前彼が誉めてくれたドローイングのシリーズをまとめて持って行ったんだけど「これはもう学校に持って来なくていい。どこかのギャラリーで勝手に売ったらいい。それより新しい油彩が面白いからもっと作れ」って言われて、厳しいような温かいような言葉になんだかジンと来た。
他は最近クラスに入って来たロシア人のニコライの絵、汚れた紙切れに木炭やコンテで家族の顔を描いてるだけなんだけど深くてすごくいい。ユルゲンの新作の油彩もよかった。夜は近所のバーへみんなで飲みに行く。いつまでも明るい夏の夜だった。


2011.06.07
街にあるアートスペースのミーティングにお邪魔させていただいて作品と展示プランのプレゼンをした。自分の絵の話をするのは日本語でも苦手なのに外国語だと余計苦手。。英語でコンセプトを話したんだけど本番は半分くらいしか話せなかったな。言葉は全然だったけど全体的にはなかなかいい感じだったと思う。通訳してくれたベルさんにほんと感謝。
美術館の学芸員さんから「あなたは日本の村の土着的な問題を描いているけど、ヨーロッパの芸術とどのように関係しているのですか?」という質問を受けた。さすが美術史の専門家。僕はロマン主義、表現主義と日本の戦前の洋画との関係の話をしてみた。ビールをごちそうになって作品と夜風に揺られながらアトリエに帰った。
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by yasutakeiwana | 2011-06-08 18:32

コメント

アートアワードトーキョー2011丸の内のウェブサイトにある過去受賞者のコーナーに僕のコメントを載せていただいています。http://www.artawardtokyo.jp/2011/ja/message/


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昨年の展示風景
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by yasutakeiwana | 2011-06-03 19:13

赤い花を撫でた人

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ある春の晴れた日に村にさよならをしたことがあった。
掌に鱗のきらきらが今も残ってる。小さな虫が笑っていた。
赤い花を撫でて去って行った人たちの名を温かい川に流した。
田の稲が伸びはじめていた。
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by yasutakeiwana | 2011-06-03 00:22

5月のメモ

描かないと言葉も出てこない。流れて散ってそれでもどこかで輝いて。

ドイツに来てから日本にいた頃好きだった映画や音楽、本をどんどん忘れていっている気がする。だからたまに思い出したときに感動するんだろうな。

全国を行脚しながら仏像を彫った宿無しの坊さんも、その日の酒代のために絵をカフェに売りに来る流しの絵描きも立派な表現者だ。そして自分はどう生きて絵を描くべきか。

村の森と野の絵画。

楽しいことがたくさんあるとそこに流れてしまいそうになる。だけど自分の目的を中途半端に棚上げしちゃダメだ。今週は大きい絵を1枚仕上げよう。

木枠買って散歩しながら帰宅。掌に木の匂いが残った。

春が終わると花の絵も描けなくなる。季節は流れて行くものね。

白く塗りつぶした古い絵から新しい絵が生まれる。眠ってまた生まれて。

田の人の絵を描いた。昔話によると春になると山の神さまが里に降りて来て田の神さまになるらしい。

一度納得いく絵ができても次も同じ絵を描こうとは思わない。絵はそのときにしか生まれて来ない。コピーじゃない。

やっぱり絵というのは不自由のない生活の中では強くなっていかないと思う。日本にいた頃は何も不自由ではなかった。言葉や文化の壁に困窮しながらそれでもひとりで絵を描く。学校で学ぶよりも学ぶことがたくさんある。

ふと。自分は何かすごく背伸びして先を急いでいた気がした。Dankeと小さなアトリエで汚れた小さな絵をまたゆっくり描こう。

自信なさげなタッチで描く中学生の初めての油絵って何かいいんだよなぁ。画塾で手慣れて「最初は○○オイルで仕上げは××オイルで、、」なんて言う学生の絵のよりずっと新鮮。

手島さんがコレクションしてくれた僕のドローイング。木の額に入れてくれて京都の山の中に飾っていただいて絵がドイツから日本に帰った気持ち。

ひょっとすると絵画は〈虚しくない〉のかも知れないな。

そういえばドイツに来て1年が経った。

足を引きずりながら山を登る人の絵を描いた。「幸せはどこにあるのか?」「遠くの山の向こう」

何年か前にドローイングノートの隅に書いた「今はわからないが 暗い森はきっと私を救ってくれる」という言葉。

木の実を潰した掌。紅い闇に身体が消えた。

頭で描いてしまった絵はできが良くてもちっぽけだ。土に汚れて草の匂いのついた紙の方がいい。

油絵を1枚描き上げる。構図とか遠近法とかそういうものがわからない。下手な草や木の実、砂粒が絵を繋げてくれている。

濡れた赤紫の画面に白い絵具が溶けていった。夜の森に震えてる小さな花みたい。

それでも小さな森に芽が吹いた。

Über den Bergen(山の向こう)

大きい絵を描きすすめたけどこれじゃ単なるドイツ絵画だな。。よくない。明日剥がしてやり直し。

最近アトリエにひとりでいる時間が増えた。絵のことを想う気持ちは全然枯れない。ノートの落書き、懐かしい歌、次の作品と次の展示、あっという間に陽が暮れる。
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by yasutakeiwana | 2011-06-01 03:21